藤澤知雄  

要旨
現在、国際的には標準である全小児を対象にしたB型肝炎ワクチン(HBワクチン)の定期接種(Universal vaccination: UV)の必要性に関する論議が活発化している。小児科関連学会も定期接種(UV)化を強く推奨している。その理由は、B型肝炎ウイルス(HBV)は感染力が強く、HBV母子感染の予防のみではこの感染症を巡る諸問題を解決できないことが明らかになった点にある。具体的にはHBV持続感染者(キャリア)の父親から小児への感染は約10%存在するのに、その予防は無視されていること、保育園などの施設での感染も無視できないこと、UV未施行も一因であるが、わが国にきわめてまれであった遺伝子型AのHBV感染が成人では性感染症(STI)として急速に蔓延したこと、たとえHBVの一過性感染でもHBV DNAは肝細胞核内に潜み、免疫抑制状態などで再活性化する可能性があること、UV未施行であるとHBV感染者への差別や偏見などが一向に解決しないこと、などである。世界的HBV制圧のシナリオはHBV集団免疫を獲得し、HBVを撲滅しようとしている。その結果、UV施行国ではHBV関連の急性肝炎のみならず、肝がんなどの慢性肝疾患も減少している。

はじめに
HBVは感染力の強いウイルスであり、全世界では3.5人に1人の割合で感染ないし感染の既往があるといわれる。キャリアの10~15%は慢性肝疾患(慢性肝炎、肝硬変、肝がん)である。また日本にはきわめて少なかった遺伝子型AのHBVが主に欧米から性感染症(STI)として持ち込まれ、短期間に日本国中に拡散している。このHBVは成人の感染でもキャリア化することがあり、わが国では成人のHBV感染は一過性で終わるという常識が覆った。さらに化学療法や抗体製剤を用いた分子標的治療などの最先端医療によりHBV感染既往者にHBVの再活性化あるいはde novoのB型肝炎が問題になっている。このようにHBV感染をめぐる新たな問題がクローズアップされている。現在、世界標準のHBV感染対策、すなわち全小児にHBワクチンを接種するUVの必要性が活発に議論されている。

I. HBワクチン
HBVは直径42nmの球状粒子でコア粒子の表面はエンベロープで覆われており、エンベロープにはsmall S蛋白(HBs抗原)、middle S蛋白(HBs抗原とpre-S2抗原を含む)、large S 蛋白(HBs抗原、pre-S2抗原、pre-S1抗原を含む)がある。キャリアの血清中には大量のHBs抗原が存在し、1984年頃に、HBs抗原を原料した血漿由来HBワクチン(プラズマワクチン)と呼ばれる第1世代のHBワクチンが開発された。1986年には遺伝子工学的に作成したHBs領域の遺伝子を酵母などに発現させて大量にHBs抗原を作らせ、アジュバンドとしてアルミニウム塩に吸着させた沈降ワクチンが開発された(1)。これは世界で初めてのリコンビナントワクチンであり、これはプラズマワクチンと比較してHBs抗体陽転率が高く、とくに乳児期の接種ではワクチン不応例はほとんど無くなった。さらにHBs抗原にPre-S2抗原を含むリコンビナントワクチンもわが国で開発された。このワクチンはHBs抗体の上昇さらに早く、抗体価もさらに高く、優秀なワクチンであるが、残念ながら市販されていない(1)。現在わが国で市販されているHBワクチンはビームゲン®(化血研、アステラス製薬)とヘプタバックス®(MSD製薬)である。前者は遺伝子型C、後者は遺伝子型AのHBs抗原領域の遺伝子配列を組み込んでいるが、いずれも共通抗原”a”は同一なので得られたHBs抗体は遺伝子型が異なるHBVでも同等の効果があるといわれる。リコンビナントワクチンの安全性は十分に確立されており、重篤な副反応はない。世界で最も安全なワクチンの一つである。

II. HBV感染の疫学と病態
1.HBVの感染
HBV感染には一過性感染と持続感染があり、一過性感染には黄疸や自覚症状が軽い不顕性感染から、全身倦怠感や黄疸がみられる顕性の急性肝炎、さらに死亡率の高い劇症肝炎まである。小児の一過性感染では無症状のことが多い。成人においても遺伝子型AのHBV感染肝炎の症状が軽く、不顕性の場合も少なくない。わが国では他国と異なりUVが行われていないこと、遺伝子型AのHBV感染は他の遺伝子型のHBV感染に比較してキャリア化しやすいこと、臨床症状が軽く不顕性感染があること、などにより短期間に蔓延したと考えられる。
一方、持続感染には肝機能が基準値以内である無症候性キャリア、肝機能異常がみられる慢性肝炎、さらに肝硬変や肝がんがある。一過性感染か持続感染になるかは感染時の年齢、暴露するHBV量、HBV遺伝子型、HBワクチン接種歴など多くの要因がある。中でも年齢は重要であり、乳幼児期の感染ではキャリア化率が高い。わが国も同様に5歳未満の乳幼児のHBV感染があるとキャリア化率が高いと考えられている。

2. HBV感染の疫学
キャリアは世界の人口の約6%、約3億5,000万人と推定され、毎年50~70万人が肝硬変、肝癌で死亡している。わが国におけるキャリアは国民の約1%であり、高齢者にキャリア率は高く若年者は低い。HBV感染は大きく垂直感染(母子感染)と水平感染に大別される。水平感染は母子感染以外の感染様式であり、かつては輸血による頻度が高かったが、献血スクリーニングにより激減した。現在は母子以外の家族内感染、保育園などの施設内感染、成人のSTIが主体である。HBV感染経路は基本的には血液や精液を介するが、最近の研究ではキャリアの唾液、汗、涙、尿などの体液や排泄液の中にもHBV-DNAが存在することが知られている。筆者らはHBe抗原陽性のキャリア小児の涙を精製し、ヒトの肝細胞を有するキメラマウスに投与した感染実験を行い、HBV感染が起こることを証明した(3)。血液や精液以外の体液を介する感染があることは母親以外の家族内感染や保育園などでの水平感染経路が知られている。
わが国ではハイリスクを母子感染のみに限定し1985年から母子感染防止が始まり、現在でも順調に行われている。HBe抗原陽性キャリア妊婦から生まれる児に限ると、予防ができない時代にはほぼ100%の感染があり約90%はキャリア化したが、現在ではキャリア化例は約10%である。一方、HBe抗体陽性キャリア妊婦から生まれた児にまれにみられた劇症肝炎はほぼ撲滅された。母子感染防止によるキャリアの減少に関しては、予防処置が保険診療で行われているため全数把握は困難であるが、予防開始前の0.26%からから、予防開始9年後には0.024%と1/10に低下したと予測された(1)。
父子感染に関しては父親がキャリアであると約25%に感染がみられ約10%がキャリアとなることが知られている(4)。このキャリア化率は現在でも変わっていないと考えられる。保育園などのHBV感染は証明が難しいこと、差別や偏見などのデリケートな問題がある。1987年にHayashiらはキャリア率の高い地域において52か所の保育園児269名(2.9±1.4歳)における感染状況を調査し、10名の感染例がみられ、そのうち4名はキャリア化し、6名は一過性感染と考えられたとしている(5)。また最近では佐賀の保育園での感染事例(6)などが知られている。このように家族内や保育園などでの施設内感染も重要である。

III. 現状の問題と対策
1.1985年以降にキャリア化した小児
この点に関する大規模な調査は少ない。筆者らが調査した母子感染防止が始まった1986年以降に生まれ、キャリアとなった57例の内訳では(7,8)。キャリア化の原因は母子感染防止の不成功例、父子感染を中心とした家族内感染、不明例である。母子感染に関しては前述したようHBe抗原陽性のキャリア妊婦から生まれる児の予防成功率に関する国家レベルでの集計はないが、わが国を含む多くの国からの報告では予防開始前後でのキャリア率は約1/10になっているので、予防不成功率は約10%と推測できる。この予防不成功例の要因としては胎内感染、HBワクチン不応例、HBs抗体から逃れるHBs領域の変異ウイルス(escape mutant)の出現、予防プロトコール未完遂の4つに分けられる。また前述したように母子感染以外の水平感染によりキャリア化している例も多く(7.8)、現在、わが国では母父からの感染により概算ではあるが、毎年250-500人程度の新たなキャリアが発生していると考えられる(7)。

2. 母子感染防止の問題点と対策
1)胎内感染と分娩直前の感染
最初のHBIGを適切に投与しても、生後1か月以内にHBs抗原が陽性となる例はHBe抗原陽性のHBVキャリア妊婦から生まれる児に限ると約2-5%にみられ(1,9)、多くは出生前にすでに感染が成立している胎内感染と考えられる。胎内感染の病態は不明であるが、母体血が経胎盤経由で胎児に移行すると考えられる。多くの母子感染は分娩時に陣痛により母体血が胎児に移行するためと考えられるので、陣痛の始まる前に予定帝王切開をすれば感染率は減少すると考えられるが、帝切は普通分娩に比べるとリスクがあるので一般的には積極的に推奨されない。海外では感染力の強い妊婦に対して妊娠後期にラミブジンを短期間投与して分娩時に妊婦のHBV DNA量を下げて母子感染を防ぐ試みもあるが、わが国では初回のHBIGを可及的速やかに投与することが唯一の対応策である(2,7)。

2) HBワクチン不応例
一旦、HBs抗体が陽転しても次第に低下し、1-2年後にHBs抗体が陰性化するとともにHBs抗原が陽転する例(晩期陽転群と呼ばれている)がまれに存在する(1,9)。このような例はHBワクチン低反応例と考えられ、遺伝子組み換えワクチンが導入されてからは減少している。現時点では3回のHBワクチン接種後にHBs抗体が十分に上昇しない際は追加ワクチン接種が勧められる。3歳までのHBV感染によりHBVキャリア化することがあるので、少なくとも3歳までは十分な抗体価を維持することが重要である(7)。十分な抗体価は一応、23PHA価(200mIU/ml相当)とされている。
 HBV母子感染防止に関して、わが国と国際標準的なプロトコールと比較したが、国際方式では最初のHBIGないしHBワクチンを出生直後、出生日に行われ、これはbirth doseと呼ばれている。そして多くは生後1か月時に2回目のHBワクチンを接種しており、生後1か月ですでに基礎免疫が得られるメリットがある。一方、わが国のプロトコールでは基礎免疫が得られるまでに最低でも3か月を要するので、プロトコールの不完遂例が多くなる(7)。国際方式とわが国の方式(旧厚生省方式)での優劣を比較した報告は少ないが、筆者らの検討ではHBs抗体の上昇はわが国の方式が優秀であるが、有効な抗体陽性率には有意差はなかった(10)。

3) HBs抗体に中和されないEscape mutantの問題
予防処置により十分にHBs抗体が陽転してもHBVキャリアとなる例があり、これはHBs抗原に構造変化を来し、HBs抗体では中和されなくなったHBs抗原領域をコードするHBs遺伝子に変異がみられることからescape mutantと呼ばれている。とくにHBワクチン接種によるHBV escape mutant(VEM)の発生が危惧されたが、これは自然感染でもみられる(8)。幸い、現時点ではワクチン接種によりescape mutantが広がる傾向はみられない。

4)人為的ミスによる予防不成功例
実際にはこの原因による不成功例が最も多い。この原因はHBVキャリア妊婦、家族の理解不足、担当する産科・小児科医の知識不足、産科小児科間の連携の不徹底などによる。重要な点は現行の予防法では、初回のHBIG投与が遅れがちになること、基礎免疫を誘導する2回のHBワクチン接種するまでに生後3か月を要するので、里帰り分娩に対して十分に連携することが困難でありHBワクチン接種時期を再検討する必要がある。人為的な予防不成功を防ぐためには可能な限り簡単に、早期に基礎免疫が得られる国際方式の方が優秀である(7,10)

3. わが国におけるハイリスク群設定の問題点
1995年より、全HBVキャリア妊婦から生まれる児にHBワクチンを接種するようになったが、それでもわが国では全出生児の大部分はHBワクチン接種なしで成人になる。わが国ではHBV感染のハイリスクはキャリア妊婦から生まれる児を選んで予防している。これをat risk strategyあるいは選択的ワクチン接種(Selective vaccination: SV)と呼ぶ。キャリア率が比較的少ないとされる先進国でもHBV対策は重点的に取り上げられ、米国では1988年に全妊婦のHBs抗原スクリーニングが実施され、陽性者からの出生児にHBワクチンが接種されるようになり、1991年からは全出生児に接種するUVに切り替えられた。世界的にUVが実施されるに従って、WHOを中心にEPI(Expanded Program on Immunization)に含めた他のワクチンと同時投与が検討されてきた。わが国で最も問題になるのはHBワクチン接種対象者をHBVキャリア妊婦から生まれる児のみに限ったままで良いか、という点である。

わが国と同様にSVをしている諸外国では母子感染以外にも家族にHBVキャリアがいる場合、施設に入る人などもワクチン接種対象者を設定している。わが国も少なくとも家族にHBVキャリアがいる場合は積極的にHBワクチン接種を啓発すべきである。また前述したように保育園などでも感染する機会があるだけでなく、キャリア家族やキャリア保育士への差別や偏見を回避するためにも入園時のHBワクチン接種を積極的に勧める必要がある。

III. HBワクチンの経済効果
一般的にHBV浸淫度が高いほど費用対効果は高いと考えられる。したがって、わが国における費用対効果に関しては同程の浸淫度の国の研究成果が参考になる(11)。HBVキャリア率が3%であったイタリアは1983年からSVを開始し、1991年からUVに切り替えた。このワクチン戦略をまとめた論文では約2億4000万ドルの医療費を削減できたという(12)。HBVキャリア率2%以下であるアイルランドやオランダからの報告でもUVの方が費用対効果は高いとしている(11)。費用対効果はHBワクチンの値段、HBV感染に対する治療方法と費用は流動的であり、正確な費用対効果を算出するのは困難である。また罹患することによる患児や家族の精神的なストレス、通院や治療に要する失われた時間など、数字に表せない要素も少なくない(11)。

おわりに
HBVには8種類の遺伝子型があり、遺伝子型により病態が異なることが判明した。この遺伝子型の分布は世界各国で異なっている。たとえば、わが国の小児では遺伝子型Cが大部分を占め遺伝子型Bが約10%である(13)。欧米では遺伝子型Aが多く、遺伝子型Aの水平感染では約10%にキャリア化がみられるといわれる。遺伝型Aは本来日本にはほとんど無かった型であるが、盛んな国際交流により、わが国でも遺伝子型Aによる急性肝炎が急増している。わが国は他国と異なりHB-UVを導入していないので、世界でも最もHBs抗体陰性者が多く、HBV感受性が高い国になっている。この一過性感染の対策として思春期以前のすべての人にHBワクチンを接種する方法(Catch up接種)もあるが、新生児にHBワクチンを接種すると思春期前までは予防が可能といわれる。筆者らもHBV母子感染防止対策事業による母子感染予防の長期予防効果を報告しており思春期までは追加HBワクチン接種の必要はないと考えられる(14)。この点に関してはさらに検討する必要がある。

文献
白木和夫. B型肝炎母子感染防止対策の追跡調査及び効果判定に関する研究報告書. 平成7年度厚生省心身障害「小児の心身障害・疾患の予防と治療に関する研究」分担研究. 1996
Beasley RP. Rocks among the road to the control of HBV and HCC. AEP 19: 231-4, 2009
Komatsu H., et al. Tears from children with chronic hepatitis B virus (HBV) infection are infectious vehicles of HBV transmission; experimental transmission of HBV by tears, using mice with chimeric human livers. J Infect Dis. 206 (4): 478-85, 2012
広田俊子、大野尚久、矢野和則: HB virus父子間感染の検討- 子供に対するHB vaccineの適応. 肝臓 28:427-432, 1987
5) Hayashi J., et al.: Hepatitis B virus transmission in nursery school. Am J Epidemiol 125: 492-298, 1987
6)佐賀県健康増進課:保育所におけるB型肝炎集団発生調査報告書について http://www.kansen.pref.saga.jp/kisya/kisya/hb/houkoku160805.htm
7)藤澤知雄: 世界水準にはるかに及ばないわが国の予防接種体制 B型肝炎ワクチン. 日本医師会雑誌 138: 689-692, 2009
8) Komatsu H, et al. Hepatitis B surface gene 145 mutant as a minor population in hepatitis B virus carriers. BMC Res Notes. Jan 19; 22, 2012
9)白木和夫. B型肝炎母子感染防止の糸口と展開. 小児科臨床 65:1995-2001, 2004
10) 小松陽樹ほか:国際方式によるB型肝炎母子感染予防効果の検討. 肝臓 51: 92-94, 2010
11)小松陽樹ほか. 予防接種UPDATE. 小児内科42:1993-1997, 2010
12)Da Villa G. et al. :Rationale for the infant and adolescent vaccination programs in Italy. Vaccine 18(Suppl 1):S31-34, 2011
13)Inui A, et al:Hepatitis B virus genotypes in children and adolescents in Japan: before and after immunization for the prevention of mother to infant transmission of hepatitis B virus. J Med Virol 79: 670-675, 2007
14)角田知之ほか. HBV母子感染防止対策事業による母子感染予防の長期予防効果.肝臓 52: 491-493, 2011