ブルンバーグ (1925-2011): 遺伝学者からワクチン学者になった巨星

副理事長 乾あやの

 毎年7月28日は世界肝炎デーです。2010年のWHOの総会において、肝炎啓発キャンペーンの記念日「世界肝炎デー」制定され、2011年より実施されています。日本でも7月28日を「日本肝炎デー」と定め、この日を含む1週間を「肝臓週間」としており、「知って、肝炎プロジェクト」をはじめ各地で様々な肝炎啓発キャンペーンが行われております。さてこの7月28日という日ですが、日本肝臓学会の同期の先生から、この日はノーベル医学・生理学受賞者のブルンバーグ(1925-2011)の誕生日に因んで制定されたことをおしえていただきました。

 ブルンバーグ先生はもともと遺伝学者であり、人類遺伝学が専門でした。彼が1963年に米国・国立衛生研究所(NIH)に所属していた時に、オーストラリア原住民族の血清中に、頻回に輸血を受けた既往のあるニューヨークの血友病患者の血清と反応し、免疫拡散法(オクタロニ法)で沈降線を生じる抗原を発見しました。この抗原は白血病患者において健常献血者より100倍も陽性頻度が高かったので、彼はこの抗原は遺伝的な特性であり、この抗原陽性者は白血病を発症に関係する遺伝的な要素と考えたようです。そして翌、1964年に彼がフィラデルフィアにあるFox Chase癌研究所に移籍した後に、同僚のロンドン先生と共に、この抗原を「オーストラリア抗原」と呼称しました。この抗原はダウン症児では陽性率が高いけれど、新生児期には存在しないことが判明しました。すなわち、当初ブルンバーグが考えたように遺伝的に伝達されるのでなく、ダウン症児が後天的に伝播される感染性物質であることに気が着いたわけです。数年後にニューヨーク血液銀行のプリンス先生や日本の大河内一雄先生がそれぞれ独自にオーストラリア抗原はB型肝炎ウイルスの表面抗原(HBs抗原)であることが明らかになり、でオーストラリア抗原はB型肝炎ウイルス(HBV)の発見とワクチン開発による感染予防に繋がり、彼を1976年のノーベル生理学・医学賞の導いたのです。

 その後、約40年間にわたり、HBs抗原はHBV感染の指標としてもっぱら定性的に用いられていました。HBVは一旦感染すると生涯、感染から脱却できないことが明らかになりました。ホストの免疫力が低下すると再出現するde novo肝炎です。血清中のHBs抗原消失とHBs抗体出現は臨床的に治癒に最も良い指標として、今もなお重視されています。なおHBs抗原定量法は1980年代から開発されていましたが、感度が低く手技が煩雑のため汎用されるに至りませんでした。しかし、2010年以来好感度測定法が開発・実用化されるに至りました。またHBVの本体はDNAで、約3200個の塩基からできていますが、現在、HBVは8種類の遺伝子型(A〜H型)に分類されています。この遺伝子型には地域特異性があること、慢性化率など臨床経過に違いがあることが知られています。日本は遺伝子型C、Bの順に多く、この二つが日本のB型肝炎のほとんどを占めています。しかしながら、遺伝子型BやCに比べて慢性化しやすい遺伝子型Aの感染者の割合が、新規献血者や急性肝炎症例で、近年我が国でも急速に増加しております。

 さて小児医学との関係ですが、やはりB型肝炎ウイルス感染症の予防が最も重要だと思います。HBV感染の予防にはB型肝炎ワクチンがきわめて有効であり、とくに小児に対しては100%近い予防効果があります。1992年にWHOはHBV感染を撲滅することを長期的な目標にしており、WHO加盟国193か国中180か国(93%)は全出生児にB型肝炎ワクチン(HBワクチン)を接種していました。いわゆるユニバーサルワクチン接種です。日本や英国のように国民のHBV感染者(キャリア)が少ない国では感染リスクの高い集団だけにHBワクチンを接種していた。日本では最近まで父子感染などの家族内感染や保育施設での感染に対する指導は徹底しておらず、キャリアに対する偏見や差別もみられ、また母子感染以外の水平感染率も決して無視できないことが判明し、2016年10月からHBワクチンの定期接種が始まったが、対象者は1歳未満の小児のみである。前述しましたが、HBV感染はたとえ一過性の感染でもHBVは感染者の肝細胞核の染色体に残ることがわかり、キャリア化の予防のみならず一過性感染も予防すべきと考えるようになりました。今後はすべての小児のHBワクチンを接種する必要がある。また、さらに優秀なHBワクチンの開発、ほかのワクチンを含む混合ワクチン、たとえばDPT-Hib-ポリオ-HBの6種混合も世界では主要なワクチンであり、英国でも2017年夏から6種混合の定期接種が始まっています。

 ブルンバーグがオーストアリア抗原を発見して半世紀がたちました。ブルンバーグ先生、ロンドン先生、プリンス先生、大河内先生はすでに他界してしまいました。彼らの業績があって現在があることを、彼らはきっと天国で喜んでいると思います。