B型肝炎ワクチン定期接種化の意義と接種スケジュール

藤澤知雄

 日本ではB型肝炎ウイルス、HBVに起因する肝がんや肝硬変による死亡者数は年間約6000人と推定されています。医療経済面では医療費助成制度が設けられるなど、B型慢性肝疾患の治療には膨大な費用負担が生じます。加えて、HBVキャリア状態が終息したと判断される人も、近年の多様化している免疫抑制療法の治療中にHBV感染の再活性化が起こり、重症な肝炎を起こす事例、de novo肝炎など、が日本には多いことが判明し、その予防や治療にも多額の医療費が必要になっております。

 日本ではこれまでHBVの母子感染の予防に重点を置き、大きな成果を挙げてきました。一方、近年、母子感染以外の感染、水平感染も多く、また若年成人を中心に、年間6,000人以上の新規感染者がいると推定されます。このため母子感染の防止だけでは制御できないことが明らかになりました。

 またHBV感染者が1歳未満では約90%、1歳~4歳では20~50%、それ以上の年齢では1%以下の確立でキャリアに移行します。一方、乳児にB型肝炎ワクチン、以下HBワクチンを接種すると成人とは異なりほぼ100%、抗体が得られ、感染防止効果は30年以上続き、安全性も高いことが確認されています。

 今日は、まず、HBワクチンと略しますが、どのような経緯で定期接種化になったか、お話しいたします。

 世界保健機構は、WHOと略しますが、B型肝炎ウイルス、HBVと略しますが、疫学状況として、小児、とくに5歳児のHBVキャリア率すなわちHBs陽性者率を、指標とし、これが2%以下である国や地域を、その国のB型肝炎は良くコントロールされているとみなしております。日本では小児のキャリ率は後で詳しく述べますが、0.1%未満ですので世界的にみると、日本ではすでにB型肝炎は十分にコントロールされている国です。しかし、WHOはキャリア率とは無関係にHBVをかつての天然痘やポリオを撲滅・制圧したように、これをHBV感染も撲滅しようとしております。すなわち。WHO加盟国193か国中180か国、93%の国では生まれてくる、すべてのこどもにHBワクチンを接種しております。すべての国民にHBワクチンを接種することをUniversal vaccinationと呼んでいます、全国民に行う定期接種のことです。2016年までは、日本とイギリスは定期接種をしなかった最後の国でしたが、2016年になって日本、2017年にイギリスは定期接種を始めました。

 どうして疫学的にキャリア率が高くないにもかかわらず、定期接種を開始したのかその理由を考みます。

 HBV感染は母子感染と水平感染に大きく分けられます。日本では小児のHBs抗原陽性率の調査は地方自治体単位で実施されてきました。たとえば1997年の静岡県の調査では、小学生のHBs抗原陽性率は母子感染の防止事業が開始された1986年の0.2%から、1997年の0.05%に減少していました。また、岩手県においては、1986年のHBV母子感染の予防事業実施前後に出生した年齢集団と1978〜1999年に出生した群を対象にして解析をしたところ、予防事業開始前に出生した集団におけるHBVキャリア率は0.75%であったのに対し、事業開始後は0.04%と極めて低率になったことが判明しました。しかし、これらのデーターは母子感染防止事業がうまく機能していた地方自治体において得られた成果であること、1995年度からB型肝炎母子感染防止事業が、公費負担によるHBe抗原陽性の母親から出生する児すなわちハイリスク群、に重点を絞った事業から保険医療によるHBs抗原陽性のすべての母親から出生する小児を対象とした医療へと変更されましたが、保険医療による予防は医師であればどこでも誰でも行うことができ、かつ届け出の必要も無いことなどからHBV母子感染予防の実態把握が難しくなったわけです。このような理由から現在のHBVキャリア率を検討するには広範囲は疫学調査をする必要がありました。しかし、ご承知のように、倫理的に健康な小児を対象に採血してHBs抗原・抗体系を調査することはできません。そこで比較的若い献血者や一般病院で保存していた小児の血清を用いてHBV感染マーカーを解析したわけです。

 その結果、1986年にB型肝炎母子感染事業が開始され、母子感染は激減し、現在のHBVキャリアすなわちHBs抗原陽性者は、母子感染より水平感染の方が疫学的に多いと推定されました。 また1991~1995年に出生した小児では、HBs抗原陽性率は男児が0.03%、女児が0.02%と低い値でしたが、HBV感染の既往を示す、HBs抗原陰性かつHBc抗体陽性者は、男児で0.25%、女児で0.2%と、感染既往がキャリアの約10倍もあることがわかりました。このよう現在では母子感染以外に水平感染も無視できなくなりました。つまり、母子感染の予防だけではHBV感染を制圧できないと判断したわけです。

 つぎに水平感染の経路について考えてみます。その前にHBVの遺伝子型について簡単にご説明します。HBVには10種類の遺伝子型があり、遺伝子型により病態が異なることが知られております。この遺伝子型の分布は世界各国で異なっております。現在、日本ではB型急性肝炎の約50%は遺伝子型AのHBV感染とされております。この型のHBVは成人の感染でも約10%は一過性感染に留まらず持続感染化することが知られております。遺伝子型AのHBVが主に欧米から性行為感染症、STI: sexually transmitted infection として輸入され、短期間に首都圏から全国に拡散しました。遺伝子型AのHBVは当初は若年成人の男性同性愛者を中心として首都圏から広がり、短期間に日本国中に男性同性愛者に限らず異性間のSTIとして拡大しています。この対策にはUniversal vaccinationが必要だったのです。

 つぎに母親以外の家族内感染ですが、父子感染に関しては、父親がキャリアであると約25%に父子感染がみられ、約10%がキャリアにすることが知られています。筆者らは母子感染の予防が可能になった1985年以前と以降における感染経路を検討しましたが、1986年以降は感染経路が特定できない例が少なくなり、父子感染例が増加していました。父親は母親と異なりHBV感染のスクリーニングをする機会が少ないので、やはり父子感染を防ぐためにはUniversal vaccinationが必要です。

 つぎは保育園などの施設内感染ですが、これは感染者に対する偏見や差別などデリケートな問題があるので調査は困難です。1987年にHayashiらはキャリア率の高い沖縄地域において、52か所の保育園児269名におけるHBV感染状況を調査していますが、その結果10名の感染例がみられ、そのうち6名はキャリア化し、6名は一過性感染と考えられた、としております。その後も保育園での集団感染事例などが知られております。保育園での感染例では感染者への対応、処置、感染者を預ける施設での対応、差別などきわめて難しい点があります。このような点を考えると保育園での水平感染が起こりうることを理解して、小児のみならず小児を預かる施設で働く人にもHBワクチンの接種が必要である。

 HBVは感染力が強く、全世界では3.5人に1人の割合でHBVの感染、HBs抗原陽性、ないしHBVの既往感染があると言われています。HBV感染には一過性感染と持続感染があますが、持続感染では肝硬変や肝細胞がんにならないと症状はみられません。また、一過性感染では黄疸や自覚症状がない不顕性感染から、死亡率の高い劇症肝炎まで多彩です。いずれにしろ、HBV感染者の大多数は無症状であり、血液検査をしなければ自分が感染しているか否わからないわけです。最近になり、たとえHBVの一過性感染でも自身の肝細胞核内にHBVの遺伝子が永続的に残り、いろいろな原因で免疫能が低下した際に、HBVが再度増殖し、重症な肝炎を惹起することがわかりました。

 一方、乳幼児のHBV感染では容易にキャリアとなります。キャリアは人生のどこかで慢性肝炎を発症し、一部は肝硬変や肝癌などを発症する可能性があります。

 以前から生体肝臓移植の医療現場において、HBs抗原陰性かつHBc陽性者をドナーとした際に、レシピエントは高率にHBV感染がみられることが指摘されていました。さらにB型急性肝炎患者をフォローしていると、HBs抗原は陰性化しても血液中にはHBV-DNAが長期にわたり残ることが知られ、その後の検討でHBV既往感染者の肝組織中にHBV-DNAが存在することが明らかになりました。HBV既往感染があり、すでにHBs抗原陰性者においてHBs抗原が再出現することをde novo HBVと呼びますが、また血液中のHBV-DNAが再度増加することをHBV再活性化と呼びます。臨床的には悪性リンパ腫に対する分子標的治療薬であるリツキシマブすなわち、抗ヒトCD20抗体の使用中やTNF-α阻害薬などの使用時に再活性化が起こり重症のB型肝炎を発症することが問題となっている。このようなHBV再活性化例はHBV感染既往例の約10%にみられことがわかりました。要するにHBV感染には真の治癒がないことがわかりました。

 今度はB型肝炎ワクチンについてご説明いたします。1984年にHBs抗原を原料とした血漿由来HBワクチン、プラズマワクチンと呼ばれる第一世代のHBワクチンが開発されました。そして1986年には遺伝子工学的にHBVのHBs抗原領域の遺伝子を酵母などの細胞核に組込み、HBs抗原を作らせ、アジュバントとしてアルミニウム塩に吸着させた沈降ワクチンが開発され、これは世界初の遺伝子組み換えワクチンでした。遺伝子組み換えHBワクチンはプラズマワクチンと比較して、HBs抗体陽転率が高く、とくに乳児ではワクチン不応例はほとんどなくなりました。

 現在、わが国では市販されているHBワクチンは遺伝子組み換えワクチンであり、ビームゲン®とへブタバックス-II®のみである。前者は遺伝子型C、後者は遺伝子型AのHBs抗原領域の遺伝子配列を組み込んでいるが、いずれもHBs共通抗原「a」を含んでおり、接種後に得られるHBs抗体は遺伝子型が異なるHBVでも同等の効果があり、実際にビームゲン®とへブタバックス-II®を交互に接種しても同等のHBs抗体が得られます。HBワクチンは4週間隔で2回接種し、さらに20~24週後に3回目を接種するのが一般的です。HBワクチンは世界中で用いられ、安全性は確立しています。

 さてHBワクチンの定期接種のスケジュールですが、対象者としては平成28年4月1日以後に生まれた、生後1歳に至るまでの間にある者とし、対象者から除外される者としてはHBV母子感染予防対象者を除きます。HBV母子感染の予防は保険診療で行われています。     
 接種方法ですが組換え沈降B型肝炎ワクチンを使用し、生後2月に至った時から生後9月に至るまでの期間を標準的な接種期間として、27日以上の間隔をおいて2回接種した後、第1回目の注射から139日以上の間隔をおいて1回接種すること。

 平成28年10月1日より前(定期の予防接種が開始される前)の注射であって、定期の予防接種のB型肝炎の注射に相当するものについては、当該注射を定期の予防接種のB型肝炎の注射と、当該注射を受けた者については、定期の予防接種のB型肝炎の注射を受けた者とみなして、以降の接種を行うこと。

 日本のHBワクチンの定期接種法は世界的にみると異なっています。世界の多くの国では1回の目のHBワクチンを出生24時間以内に接種する、いわゆるbirth doseを採用しています。多くの国では出生24時間以内、生後1か月、生後6か月の3回接種が多いようですが、各国により独自の定期接種法があります。使用するHBワクチンもBirth doseは単価ワクチン、monovalentワクチンが多いようですが、2回目以降は多価ワクチン、Multivalentワクチンが多いようです。たとえば欧米では6種混合ワクチン(ジフテリア、破傷風、百日咳、不活化ポリオ、ヒブ、B型肝炎)が普及しております。

 日本でも世界と同じように一回目はBirth doseにして、2か月、6か月と母子感染防止と同様にすべきと主張する意見が多かったのですが、日本では出生日にワクチンを接種する経験がなく、「ワクチンは生後2か月から」というキャンペーンが普及しており、これに倣ってHBワクチンの初回接種は生後2か月からになりました。

 HBワクチンの定期接種化が始まったわけですが、諸外国と同じように、少なくとも19歳未満の人にHBVの免疫を獲得するには、まだまだ長い道のりがあると思います。やっと1歳未満の児を対象に定期接種が始まったわけですが、米国のACIPが奨めるように、わが国でも今後、19歳未満の小児や若年者に定期接種すること、B型肝炎感染症の重要性を継続的なに社会への啓発が重要だと思います。