[小児内科 2016年48巻96頁に掲載 特集「小児科医のワークライフバランスを考える」]

済生会横浜市東部病院 小児肝臓消化器科 部長 乾あやの
 

丹羽宇一郎さんは、私の尊敬する人のひとりだ。丹羽さんは、伊藤忠商事の社長時代に約4000億円の不良債権を一括処理しながら翌年度の決算で当時の同社史上最高益を計上した。丹羽さんのモットーは、「Clean、Honest、Beautiful」で、危機の時代こそ、このモットーが重要であると説いている。

私たちはまさに危機の時代を生きている。小児科医は皆それぞれの役割を模索しながら、懸命に働いている。

筆者が学んだ名古屋市立大学医学部では、当時国家試験の合格率が不振で大学が統計学的に検討したところ、合格率を上げるためには「女子校」にするのがよいと結論づけられた。しかし実際の臨床実習の現場では、「女性は医学生の間は、とても優秀で試験の成績もよいのに、卒業するとあらゆる面で戦力にならない」とたびたびいわれた。小児科の医局説明会でも当時の医局長が、「女医が入局するのであれば、男性の同級生を2人つれてくるように」と言われた。今なら、パワハラ・セクハラである。

私は結局、卒業大学の医局には入局しなかった。当時の小児科の教授には、「名古屋市の税金をどれだけ使って医師になったか考えてごらん。名古屋市民に還元すべきと思いませんか?」と言われ、「まかせてください。名古屋市の子どもだけでなく、日本中の子どものために還元しますから」などと、今思い出しても「ギャッ!!」と言ってひっくり返る (この文章は、庄司薫氏の小説「赤頭巾ちゃん気をつけて」からの引用) 様なことを申し上げてしまった。

仕事は楽しかった。今も楽しい。でも、一人で居酒屋に行く勇気を持つまでには、20年以上の時間がかかった。夏休みを取ろうと思っても友人と時間が合わず、むしろ学会に参加・発表して勤務から離れることのほうがストレス解消になった。

最近は、多様な勤務形態が小児科医にも提示され、選択肢が増えていることはとても喜ばしい。ライフスタイルも多様化し、お互いがそれを認めている。独身で仕事バリバリの女性医師、一家の大黒柱の男性医師、仕事が趣味の医師(男女問わず)、育児休暇中の女性医師、子育て中の時短勤務の女性医師、それらをカバーする激務の医師などが、実際のモデルとして理解されやすい現在の小児科医像である。しかし、現実はもっとデリケートで細分化されていると思う。もう一歩踏み込んでみると、お互いの環境を理解できる。

育児に興味をもつ男子(いわゆる「イクメン」)も増え、NHKには「お父さんと一緒」という番組がありなかなかの視聴率だ。育児ばかりでなく、親の介護に時間を費やす小児科医も増えていると思う。趣味があるから、ほかに生きがいがあるから、小児科医を続けられる医師もいるだろう。世界を見据えて頂点を目指す小児科医も頼もしい。皆、それぞれやりがい、生きがいを見つけながらこの困難な時代を懸命に生きている。

ある病院経営者から、こんなことを聞いた。

「私は、病院というホールのショートケーキをみんなでどうやっておいしく完食するかをいつも考えている。いちごが好きな人もいるだろう、生クリームが大好きな人もいる、スポンジが実は好きという人もよくよく聞いてみるといる。甘いものは実は苦手なので少しで十分という人もいるだろう。均等に切り分けるのではなく、自分の働く環境の中で皆どうやって完食するかが、今は重要だ。」

ショートケーキ完食のためには、お互いが少しでよいので「Clean、Honest、Beautiful」を心に留めて仕事に臨んでほしい。そして管理者は、常にその食べ具合を温かく見守りながらマネージメントする責務を担っていると筆者は思う。