済生会横浜市東部病院 小児肝臓消化器科 顧問
NPO法人 日本小児肝臓研究所 理事長
藤澤知雄

B型肝炎ウイルス(HBV)感染の予防に関して、わが国は1985年から母子感染防止が順調に行われており、HBV感染小児は激減している。しかし、母子感染以外の感染が予想以上に多いことが知られ、さらに主に若年成人を中心として、本来はわが国にはきわめて少なかったHBV株(遺伝子型A)の感染が急速に増加した。このようなことから、すべての国民にHBVに対する免疫をつける、すなわち定期接種が必要なことが認識され、2016年10月1日から、まず1歳未満の小児を対象に予防接種法によるB型肝炎ワクチンの定期接種が始まった。

Ⅰ. B型肝炎とは

HBVは感染力が強く、全世界では3.5人に1人の割合でHBVの感染(HBs抗原陽性)ないしHBVの既往感染(HBc抗体陽性 and/or HBs抗体陽性)がある。HBV感染には一過性感染と持続感染があり、持続感染では末期の肝硬変や肝細胞がんにならないと、必ずしも自覚・他覚症状はみられない。一過性感染では黄疸や自覚症状がない不顕性感染から、死亡率の高い劇症肝炎まで多彩である。いずれにしろ、HBV感染者の大多数は無症状であり、血液検査をしなければ自分が感染しているか否かわからない。最近になり、たとえHBVの一過性感染でも自身の肝細胞核内にHBVの遺伝子(HBV-DNA)が永久的に残り、種々の原因で自身の各免疫能が低下した際には、HBVが再度増殖し、重症な肝炎を惹起することが判明した。

一方、3歳以下のHBV感染では容易に持続感染となる。持続感染者はキャリアと呼ばれる。キャリアは人生のどこかで慢性肝炎を発症し、一部は肝硬変や肝癌などを発症する可能性がある。B型肝炎の対策は世界各国で異なるが、世界的にはキャリア率の高低とは関係なく、HBV感染を撲滅することを長期的な目標にしている。WHO加盟国193か国中180か国(93%)では生まれてくる全新生児について定期接種をしている。わが国、英国、北欧の数カ国ではHBV感染しやすい(ハイリスク)人を対象にしてHBワクチンを接種しており、これは任意接種である。任意接種をしている国では独自のハイリスク群を設定しており、家族にキャリアがいる場合、保育園などのデイケアセンターの従業員や入所者もハイリスク群としている。

Ⅱ.HBV感染経路

日本におけるキャリア率は献血者以外の集計がないが、国民のおおよそ0.5-1.0%と推定され、高齢者のキャリア率は高く、若年者は低い。HBVの感染様式路は大きく母子感染(垂直感染)と水平感染に大別される。水平感染は母子感染以外の感染様式であり、かつては輸血による頻度が高かったが、献血スクリーニングにより激減した。現在では家族内感染、成人の性行為感染(sexually transmitted infection; STI)、保育園などの施設内感染がある。具体的な感染経路の推定は難しいが、相撲や格闘技など運動選手に集団感染の報告があることから唾液、汗、涙などに存在するHBVが目に見えない皮膚や粘膜から体内へ侵入すると考えられる。実際に体液中にHBV-DNAが証明された報告は数多い。

前述したように、日本では1985年から母子感染防止が始まり、現在も順調に行われている。HBe抗原陽性キャリア妊婦から生まれる児に限ると、予防ができない時代には、ほぼ100%の感染があり約90%の出生時児はキャリア化したが、現在ではキャリア化率は約10%である。一方、HBe抗体陽性キャリア妊婦から生まれた児にまれにみられた劇症肝炎はほぼ撲滅された。母子感染防止によるキャリアの減少に関しては、予防処置が保険診療で行われているため全数把握は困難であるが、予防開始前の0.26%から、予防開始9年後には0.024%と1/10に低下したと予測されている(2)。

Ⅲ.HBワクチンとは

現在、わが国で市販されているHBワクチンは、ビームゲン®(化血研、アステラス製薬)とへブタバックス-II®(MSD製薬)のみである。前者は遺伝子型C、後者は遺伝子型AのHBs抗原領域の遺伝子配列を組み込んでいるが、いずれもHBs共通抗原「a」を含んでおり、接種後に得られるHBs抗体は遺伝子型が異なるHBVでも同等の効果があり、実際にビームゲン®とへブタバックス-II®を交互に接種しても同等のHBs抗体が得られる(3)。HBワクチンは4週間隔で2回接種し、さらに20~24週後に3回目を接種するのが一般的である。

Ⅳ. HBV水平感染

HBVには10種類の遺伝子型があり、遺伝子型により病態が異なることが知られている。この遺伝子型の分布は世界各国で異なっている。現在、日本ではB型急性肝炎の約50%は遺伝子型AのHBV感染とされる。この型のHBVは成人の感染でも約10%は一過性感染に留まらず持続感染化することが知られている。遺伝子型AのHBVが主に欧米からSTIとして輸入され、短期間に首都圏から全国に拡散している。

1.父子感染
父子感染に関しては、父親がキャリアであると約25%に父子感染がみられ、約10%がキャリア化する(4)。筆者らは母子感染の予防が可能になった1985年以前と以降における感染経路を検討したが、1986年以降は感染経路が特定できない例が少なくなり、父子感染例が増加していた。父親は母親と異なりHBV感染のスクリーニングをする機会が少ない。やはり父子感染を防ぐためにはUVが必要である。

2.保育園などの施設内の感染
保育園などの施設内感染はHBV感染経路の証明が難しいこと、偏見や差別などデリケートな問題があるので調査は困難である。1987年にHayashiらはキャリア率の高い沖縄地域において、52か所の保育園児269名(2.9±1.4歳)におけるHBV感染状況を調査している。その結果10名の感染例がみられ、そのうち6名はキャリア化し、6名は一過性感染と考えられた、としている(5)。また、最近では、佐賀県の保育園での集団感染事例などが知られている(6)。集団保育での感染経路としては、皮膚と皮膚の濃厚接触、たとえばアトピー性皮膚炎からの侵出液を伴う皮膚と皮膚の接触感染、唾液で汚染されたおもちゃの共有などが考えられる。なお筆者らはキャリアの便が感染源になる可能性を分子レベル検討したが、これは否定的である。キャリアの便はノロウイルスやロタウイルスとは異なり、便口感染はないと考えられた(7)。

保育園や幼稚園などででは感染者への対応、処置や感染者を預ける施設での対応、誤解、差別などきわめて難しい点がある。このようなことを考えると保育園での水平感染が起こりうることを理解して、小児のみならず小児を預かる施設で働く人にもHBワクチンの接種が必要である。幸い、最近、入園児や保育士に積極的にHBワクチンを接種する施設が増加している。この点に関しては地方自治体のなかには松本市のようにB型肝炎ワクチンの助成を拡大し、保育園・幼稚園職員にもHBワクチンの費用を助成する自治体も増えている。

おわりに

HBV定期接種化が始まったが、諸外国と同じように、少なくとも19歳未満の人にHBVの免疫を獲得するには、まだまだ長い道のりがあると思う。やっと1歳未満の児を対象に定期接種が始まったが、世界各国のように、19歳未満の小児や若年者に定期接種することや、B型肝炎感染症の重要性を社会へ啓発することが重要である。

文献

1)Komatsu H. et al.: J. Infect. Dis., 206(4): 478-485,2012
2)白木和夫: B型肝炎母子感染防止対策の追跡調査及び効果判定に関する研究報告書. 平成7年度厚生省心身障害「小児の心身障害・疾患の予防と治療に関する研究」分担研究.1996
3)小松陽樹, 他: 異なるHBV遺伝子由来のHBワクチンを組み合わせた予防接種効果.小児感染免疫, 28: 179-183, 2016
4)広田俊子,他:肝臓, 28: 427-432, 1987
5)Hayashi J, et al. : Am J Epidemiol., 125: 492-498, 1987
6)佐賀県健康増進課: 保育所におけるB型肝炎集団発生調査報告書について.2004(http://www.kansen. Pref.saga.jp/kisya/kisya/hb/houkoku160805.htm)
7)Komatsu H, et al. BMC Res Notes. 20, 8: 366, 2015