HPVワクチンの積極勧奨がやっと再開される

藤澤 知雄

 子宮頸がんは子宮の出口付近にできる「がん」であり、そのほとんどはヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染することで発症します。HPVは女性の50%以上が生涯で一度は感染すると推定されています。8年前の2013年4月1日から予防接種法に基づいてHPVワクチンが定期接種化されましたが、その2か月後に副反応とされるが問題が取りざたされ積極勧奨が中止されてしまいました。接種率は70%から1%に一気に下落しました。その後の検討で副反応とHPVワクチンの関係はみられないと判断され、HPVワクチンの積極勧奨の再開がやっと決まりました。この理事コラムでは過去3回にわたり、HPVワクチンを取り上げましたが、この機会にもう一度、私の意見を述べたいと思います。

 子宮頸がんは日本では毎年、子育て世代を中心に約1万人が罹患し、約3千人が亡くなります。一方、海外では北欧、豪、英、仏、米などの先進各国では、HPVワクチン接種を公的に行い、世界保健機構(WHO)が接種を積極的に推奨しています。WHOによると、HPVワクチンは世界の多くの国で9~14歳の女性に優先的にされています。とくに北欧や豪州では接種率が高く、約9割の女性が最低1回はHPVワクチンを接種しています。お隣の韓国でも接種対象の女性の約7割が接種しており、接種率が低いことを批判されていた米国でも2019年には6割まで上がっております。そして実際、HPVワクチン接種国では子宮頸がん死亡率は有意に減少しています。

 一方、日本ではHPVワクチン接種後に四肢の麻痺や痙攣がみられたり、頭痛を含め広範囲な体の疼痛がみられたりする異様な症状が報道され、苦しむ少女たちの姿が繰り返し報道されました。高視聴率がとる目的のような、一部の冷静さを欠いた報道ぶりは目に余るものがありました。これらの報道をうけて厚生労働省は積極勧奨を定期接種化した数か月後には差し控えてしまい、現在にいたりました。そしてHPV接種率は対象女性の1%以下になりました。厚生労働省が及び腰になった背景には国や製薬会社を相手に損害賠償を求める集団訴訟が起きたこともあります。

 確かに、報道の映像はインパクトが強かったので、ワクチンを接種したら自分も同じような症状がでるのではないか、と不安に感じたと思います。しかし、多くの報道は症状で苦しんでいる人を伝えましたが、HPVとこれらの症状との因果関係は伝えていません。たとえば名古屋で行われた大規模な調査では、これらの症状とHPVワクチンの因果関係を示すデーターは皆無でした。この名古屋で行われた調査(名古屋スタディ)を要約しますが、名古屋市内に住む若い女性約7万人を対象にHPVワクチン接種後の症状に関する大規模な調査です。これは、回答率は4割を超え、統計学的処理法も専門家は信頼できると判定しました。調査結果は驚くべきものでした。つまり、月経不順、広範囲な体の痛み、光過敏、簡単な計算ができない、身体が自分の意志に反して動くなど、HPVワクチンとの因果関係が疑われる24の症状について、年齢で補正すると、むしろ15症状はHPVワクチン接種群に少ないという結果でした。つまり、HPVワクチンの副反応とされるものは、接種対象年齢層の女性ではHPVワクチンを接種していない女性にもみられるわけです。名古屋市は2015年12月に調査報告を発表していますが、これは大々的には報道されませんでした。報道機関や政治家はこの調査結果を踏まえ、接種勧奨再開に向けて対応すべきだったと思います。

 HPVワクチンに限らず、いかなるワクチンでも、国民の信頼を得るためにはきめ細かい対応が必要です。副反応を訴える人には各都道府県で1か所以上の協力医療機関が整備されています。地域の医療機関と連携し、治療と支援にあたって欲しいと思います。また未接種の女性に同様な症状が認められる以上、若い女性に共通の健康課題として症例を集積して病態を検討し、対処法を考える必要があると思います。

 私たち医療従事者は科学的な根拠を当人や保護者に分かりやすく伝え、根拠のない情報に惑わされない態勢をつくることがなによりも大切だと思います。日本産科婦人科学会ではHPVワクチン接種後に生じた症状に苦しんでいる方々への支援対策も含め、HPVワクチン接種体制を充実させ、国民のワクチンへの理解が得られるように努力するとした声明を出しております。

 国がHPVワクチンの積極的勧奨を中止した8年余りの間に無料で接種できる年代が過ぎた女性たちは約260万人いるとされます。厚生労働省はこうした人たちに改めて無料で接種する機会を提供することを今後議論するとしています。当然のことだと思います。NPO法人日本小児肝臓研究所はワクチンで防げる病気(VPD)の撲滅のため努力します。最後までお読みくださりありがとうございます。