三度、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種について

NPO法人日本小児肝臓研究所 理事長 藤澤知雄

HPVワクチンに関しては過去2回にわたり理事コラムで取り上げましたが、もう一度、私の意見を述べさせてください。HPVワクチンの副反応研究に関する名誉毀損訴訟について、2019年3月26日に東京地方裁判所で判決が下された件が気になります。

自己免疫疾患を発症しやすいモデルマウスを使って行った実験結果について、元信州大学医学部長のI氏が発表した内容を「捏造」だと報道したことが名誉毀損に当たるとして、I氏が掲載誌の『Wedge』を発行する出版社ウェッジと執筆者でジャーナリスト兼医師の村中璃子氏を提訴した事案です。

裁判ではI氏の名誉毀損の事実を認め、村中氏らに330万円の損害賠償の支払いとウェッジに謝罪広告の掲載や記事の一部削除を命じました。ウェッジ側は控訴せず、村中氏は4月8日付で控訴しております。
私は、この判決に関して違和感を抱きました。同じような違和感を抱いた仲間は私の周りには沢山おります。

2019年4月1日の理事コラムで「もう一度HPVワクチンについて」と題して記載しましたが、HPVワクチンによる子宮頸がんの予防効果は大規模な疫学調査でも証明されました。また問題となった副反応と称される多彩な症状もHPVワクチンとは無関係なことが判明しました。したがって、このような科学的証拠(エビデンス)により、厚労省は即刻HPVワクチンを積極的に勧奨すべきです。

2013年4月にHPVワクチンの定期接種化を機に接種後に多彩な症状が問題視され、メディアが過大に取り上げ、これを受けて厚労省はわずか2か月で接種の積極的接種勧奨を取りやめた結果、接種率は70%から1%に落ち込みました。この低い接種率は現時点(2019年5月)でも回復していません。

先の裁判事例ですが、名誉棄損は確かに個人のプライドの問題で重視すべきです。しかし、誤った報道やインターネットなどの情報により、HPVワクチンの信頼性の回復が遅れ、子宮頸がんにより多くの命が失われたら、厚労省やメディアはどうやって償うのでしょうか?

ワクチンを打つか打たないかは、親(国民)の自己決定に委ねられているとはいえ、その意思決定にバイアス(偏向)をかけてしまった厚労省やメディアの責任は問われなくてよいものでしょうか?

科学的に正しいか否かを個人の名誉棄損に置き換わったような気がします。私はこの点に違和感を抱きました。問題はHPVワクチンに限ったことでなく、一般のワクチンにも同様なことが言えます。ワクチンは科学的に効果的で安全であるというエビデンスを重要視すべきです。

米国では2000年に予防接種の普及によりはしか(麻疹)を根絶したと宣言しました。しかし、専門家によると、近年は予防接種率が下がっているといわれます。

米疾病対策センター(CDC)の発表によると、今年に入って、19州で465人のはしかの感染が報告されています。米ニューヨーク市、ブルックリン地区ではおもにユダヤ教正統派の子どもの間ではしかの感染が拡大しており、同市は9日、公衆衛生の非常事態を宣言しました。日本でもはしかや風疹の流行の兆しがあります。実際にワクチンを拒否する親がジワーっと増えているようです。その理由はいろいろありますが、SNSやファイスブックなどの普及に関係がありそうです。

SNSが一般化した昨今、すべての個人が「主人公」である時代がやってきました。「誰が言っている情報なのか」ということが信頼性の基準となりつつある現在、個人の発信力や影響力が一層大きくなってくるでしょう。

昔は、たとえば有名人がテレビ番組などで「かいわれ大根」が体(健康)に良いと発言すると、八百屋の店頭から「かいわれ大根」がなくなることがありましたが、これは一過性でした。しかし今ではTwitterで誰かが呟けばこれは一過性でなく大きな増幅効果があるようです。

ワクチンは危険であるという情報は独り歩きして、やがてメディアも取り上げ、デタラメな情報になるという危険性があります。たとえば「ワクチン接種により自閉症になる」といったすでに否定され、撤回された論文も誰かがSNSで引用することで、ワクチンの否定的なキャンペーンになるという危うさがあります。HPVワクチンの副反応の誤解もこのように拡散したのだと思います。

米国では、2018年にPLoS(Public Library of Science)メディスン誌に掲載された調査研究によると、ワクチン拒否が違法でない12の州で、医学的な根拠もなくワクチン接種を否定する両親が増えたといわれます。さらに、世界保健機関(WHO)は“ワクチン忌避”を、2019年の最も差し迫った公衆衛生上の脅威のひとつに挙げています。

WHOは、警戒すべき傾向を示す証拠の1つとして、はしかの流行が世界全体で30%増加したことを挙げています。これだけSNSが発達した現在、我々は玉石混交の情報から正しいものを見つける眼力(教養)をつけなければいけないと思います。