B型肝炎ウイルスの母子感染の予防に関して新たな展開がありますので、今日はこの点についてお話ししたいと思います。

B型肝炎ウイルス(HBV)は感染力がとても強く、全世界では3.5人に1人の割合でHBVの感染(HBs抗原陽性)ないしHBVの既往感染(HBc抗体陽性 and/or HBs抗体陽性)があります。HBV感染には一過性感染と持続感染がありますが、持続感染では末期の肝硬変や肝細胞がんにならないと黄疸、腹水、吐血などの著明な症状はみられません。一過性感染では黄疸や自覚症状がみられない不顕性感染から、死亡率の高い劇症肝炎まで多彩です。いずれにしろ、HBV感染者の大多数は無症状であり、血液検査をしなければ自分が感染しているか否かわかりません。最近になり、たとえHBVの一過性感染でも自身の肝細胞核内にHBVの遺伝子(HBV-DNA)が永久的に残り、種々の原因で免疫能が低下した際にはHBVが再度増殖し、重症な肝炎を惹起することが判明しました。これをHBVの再活性化と呼びます。

成人と異なり、乳幼児のHBV感染では簡単に持続感染となります。持続感染者はキャリアと呼ばれます。キャリアは人生のどこかで慢性肝炎を発症し、一部は肝硬変や肝癌などを発症する可能性があります。B型肝炎の対策は世界各国により、疫学的状況、医療経済、国民の教養などの条件で具体的な方法は異なりますが、基本的には出生直後からB型肝炎ワクチン(HBワクチン)接種を開始することです。

日本ではキャリア化は乳幼児のHBV感染が重要であり、とくに母子感染予防が最も重要な課題でした。そして1985年から母子感染防止が順調に行われており、HBV感染小児は激減しました。表1にHBV母子感染予防に関する歴史的な重要な事項をまとめてみました。

HBe抗原陽性キャリア妊婦から生まれる児に限ると、予防ができない時代には、ほぼ100%のHBV母子感染がみられ、約90%の出生児はキャリア化しましたが、予防が可能である現在ではキャリア化率は約10%です。一方、HBe抗体陽性キャリア妊婦から生まれた児にまれにみられた劇症肝炎はほぼ撲滅されました。母子感染防止によるキャリアの減少に関しては、予防処置が保険診療で行われているため全数把握は困難ですが、予防開始前のキャリア化率が0.26%から、予防開始9年後には0.024%と1/10に低下したと予測されています。わが国の母子感染防止の欠点は生まれた日から初回のHBワクチンを接種(Birth dose)する国際的に標準な方法と異なります。予防法が複雑なので、人為的なミスによる予防不成功例が約10%ありました。HBワクチンを接種して基礎免疫を得るまで短期間の方が人為的ミスは少ないので、日本でもHBV母子感染の予防に関しては国際的な標準の方式へ移行すべきと考えていましたが、2013年から母子感染予防は国際的に標準的な方法に改定されました。図1に2013年以降に改訂した母子感染防止のプロトコールを示します。

この変更した予防法で母子感染の予防がさらに効果的と考えられますが、現時点ではそれを実証した報告はまだありません。しかし残念ながらHBe抗原陽性のキャリア妊婦から生まれる児では数%の予防不成功例があります。これは妊娠後期の胎内感染が原因と考えられます。この対策として日本でも、一部の施設でHBVキャリア妊婦に対する核酸アナログの投与による母子感染の予防の試みがなされております。

 この点を少し詳しく説明しますが、母子感染のリスクが高い妊婦さんに対して妊娠後期に核酸アナログ(ラミブジンまたはテノホビル)を内服し、分娩時にHBV量を下げると母子感染が減少するという報告がみられます。妊婦に対する核酸アナログの投与は、胎児と妊婦に対する影響を慎重に検討しなければなりません。母子感染のリスクが高いのは高ウイルス量HBVキャリア妊婦ですが、生まれる新生児への予防処置とともに妊婦さんへの核酸アナログ投与が効果的です。核酸アナログ製剤は、もともとヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus; HIV)感染症の治療薬として開発された抗ウイルス剤ですが、核酸アナログはHBV 増殖過程での逆転写を阻害することがわかり、ラミブジン(LAM)またはテノホビルはB型慢性肝炎に保険適応があるがあり、妊婦へのラミブジン投与はHIVに対する母子感染予防として世界的規模で投与され、胎児の臓器形成が終了する妊娠28週以降であれば胎児への悪影響はないと考えられます。わが国ではすでにLAM、アデホビル 、エンテカビル(ETV)、テノホビル・ジソプロキシルフマル酸塩(TDF)、テノホビル・アラフェナミド(TAF)が保険適用となっております。核酸アナログ製剤は、HBVの遺伝子型(HBVには遺伝子学的少なくとも8種類の遺伝子型があります)を問わず強力な HBV DNA 増殖抑制作用を有し、自然治癒の可能性が低い非若年者においても、ほとんどの症例で抗ウイルス作用を発揮し、肝炎を鎮静化させます。現在、第一選択薬となっている ETV、TDF、TAF はLAM と比較してHBVの耐性変異出現率が極めて低く、各種治療前因子にかかわらず高率に HBV DNA 陰性化と ALT 正常化が得られ、しかも経口薬であるため治療が簡便であり、短期的には副作用がほとんどないことも利点です。しかし投与中止による再燃率が高いため長期継続投与が必要であり、さらに長期投与において薬剤耐性変異株が出現する可能性、ならびに安全性の問題を残しています。

この点弛緩してFDA(米国食品医薬品局)薬剤胎児危険度分類基準において、ETV は危険性を否定することができないとしていました。TDF はヒトにおける胎児への危険性の証拠はないとしていいました。現時点で日本の一部の施設で行われている臨床研究であるHBV母子感染ハイリスク妊婦への個別対応として、胎児の臓器形成が終了する妊娠28週からテノホビル(テノゼット®またはテノホビル®)を開始し、出産後1~2か月後に終了する方法を行っている。妊婦に対する核酸アナログ投与は経験のある肝臓内科医との密接な連携をとって行う必要があります。また同時にHBIBとHBワクチンによる母子感染予防法も必須なので、予防効果の判定も慎重に行う必要がある。たとえばは東南アジアのタイ国で行われrandomized double-blind placebo-controlledでは妊婦に対するテノホビルの効果に否定的な報告もあります。HBV感染妊婦に対する核酸アナログ投与はHBIGとHBワクチンを併用するので、純粋に核酸アナログのみによる効果を判定するには、さらに慎重に検討しなければなりません。しかし、年長同胞ではHBV母子感染の予防が不成功であり、次の妊娠では核酸アナログ投与を併用したいと切望するHBV感染妊婦は少なくありません。このようなHBV感染妊婦やご家族にとって核酸アナログ併用の予防はとても福音になります。