ヘルスリテラシーってご存知ですか? ウイルソン病に関する移行期医療

日本小児肝臓研究所 理事長
藤澤 知雄

近年の小児医療の進歩により、慢性疾患を有する小児の多くが成人期まで達するようになりました。小児慢性特定疾患(難病)の95%以上が成人に達すると推定されております。慢性疾患を有する小児の生命予後は著しく改善しましたが、患児の多くは小児期に完全に治癒することは少なく、遺残症、合併症、加齢に伴う成人病に対する医療が継続的に必要です。ところが私たち、小児科医は小児期発症の慢性疾患を有して「大人になった患者」への対応に困惑することがあります。小児科医としての経験年数が長ければ長いほど、成人期の動脈硬化、高血圧、がん、などの疾患の診療経験が少なくなるからです。このような点が問題となり、小児診療科から成人診療科への移行医療が注目されるようになったわけです。

移行期=トランジションとは小児診療から成人診療へと移り変わる段階のことです。そこで行われる医療は「移行期医療」=「トランジション医療」と呼ばれます。なお「移行期」は、患者さんごとにその時期は異なり、たとえば、小学校低学年から始まる移行期もあれば、20歳台で始まる移行期もあることから、最近では「移行期医療」ではなく「成人移行支援」と呼ぶことが多くなっております。

日本では2014年に日本小児科学会は、「小児期発症疾患を有する患者の移行期医療」に関する提言を発表しました。その骨子は、

1.自己決定の原則
患者がいかなる医療を受けるかの決定権は患者や家族自身にあり、医療者側が強制的に小児診療科から成人診療科に転科してよいものではない。

2.年齢(加齢)により変化する病態や合併症への対応
小児期発症疾患の成人における医学的管理は必ずしも確立していない。とくに希少疾患や近年に長期生存が可能になってきた疾患では、不明の点ばかりである。このように加齢とともに変遷する病態の研究、適切な診療報酬の開発が不可欠である。同時に小児診療科医と成人診療科医が中心になって、これら2つの医療の担い手が、途切れないように最善の医療を提供することが期待される。

3.人格の成熟に基づいた対応と年齢相応の医療
患者の成長に合わせて、健康管理の主体を保護者・医療者から患者自身へと移していく必要がある。

まさに「自分の身体は自分で守る」というスローガンです。

さて、ウイルソン病ですが、もともとウイルソン病の診療が可能な肝臓内科医は少なかったのですが、青木継稔先生を中心に私たちが創った「ウイルソン病研究会」と患者さんたちが創った「ウイルソン病友の会」が中心となって、この会合に内科医が参入し、小児科医と内科医の密接な連携が可能になりました。コロナ禍で昨年(2020年)と今年(2021年)は開催できなかったですが「ウイルソン病研究会」は当初は小児科医の参加が過半数でしたが、最近では内科系の先生の出席や発表が多くなりました。

ウイルソン病は他の希少難治性肝胆膵疾患に比べて症例数が多く、また早期に発見し適切な治療を継続すれば良好な予後が期待できます。しかし、肝臓関係の学会などでは50歳台で精神疾患として扱われていた患者さん、20歳台にアルコール性脂肪肝を疑われ肝生検まで行われましたが診断できず50歳台で初めて診断された患者さんなど、驚くべきケースがまだあることにショックを受けます。ウイルソン病に造詣が深い先生方や患者さんは、この疾患を早く見つけることを一般の先生方に啓発をつづける必要があります。

思春期のウイルソン病の臨床で実感するのは、患者が病態の理解や病識がないまま、保護者に連れられて何となく通院していることです。患者は進学、就職、1人暮らし、恋愛や失恋、結婚などを契機に怠薬やドロップアウトすることは少なくありません。数年ぶりに外来に来たら病態が著しく悪化していた、などはしばしば経験します。こうした事態を避けるために健康管理の主体を、保護者・医療者から徐々に患者自身に移しておく必要があります。そのためには子ども自身への説明は、子どもが一定の年齢に達するのを待って行うのではなく、初診の時から、その年齢と理解度に応じて行っていくことが望ましいわけです。それが医療リテラシーあるいはヘルスリテラシーと呼ばれます。また患者の発達段階に応じて、医療者や親がになって健康管理の責任の一部を患者に譲渡し、診断・治療の意志決定に参加していく必要がある。持病をもつわが子を守らなければという意識から、どちらかというと過保護・過干渉となる保護者も多く、こうした子どもの成長にとまどう親や家族に対しては、医療者は適切に支援することが大切である。この点に関しては移行期医療の先駆的な米国では2011年の各関連学会の共同声明ですべての若年成人について12歳~14歳の早期から移行プログラムを開始すべきとしています。これを受けて米国母子保健局は6つの骨子として下記の6つの要素を提示しました。

1.移行ポリシー
成人診療科への移行方法を作成し、12~14歳ころに患児・家族に伝えます。またすべてのスタッフに実践的なアプローチを教育します。

2.移行期の追跡と監視
まず、移行期医療の対象となる患者を登録します。患者レジストリーです。

3.移行準備
14歳ころから実際にチェックリストを使用し、患者や家族とセルフケアに関する目標を作ります。

4.移行計画
定期的にチェックリストを用いて評価し、目標を確認します。また移行サマリーや緊急時のケアプランを作成します。そして成人診療科への移行時期を検討します。

5.転科
患者の状態が安定している時期に転科します。転科に必要な書類(チェックリスト、転科サマリー、緊急時の対応計画、診療情報提供書など)を準備します。成人診療科側ではチームを準備し、初回受診時に情報の更新をします。

6.転科終了
転科後も半年間は、患者と家族に接触して、状況の確認する必要があります。成人診療側では、患児に必要なサポートや各診療科の連携を行います。

この6つの主要素はすでに有効性は報告され、日本でも移行期医療の発展のために参考する価値はあると思います。現在、私が勤めている済生会横浜市東部病院の小児肝臓消化器科では看護師さんとCLSが中心となりこの移行期医療の実践に取り組んでいます。

またウイルソン病は20歳に達すると、小児慢性特定疾患は使用できなくなるため、近年その幅が広がった指定難病等、成人患者のための制度に移行する必要があります。また特別児童扶養手当や障害児福祉手当についても同様に適用されなくなります。可能な場合は障害年金を申請するなど、適切な制度の利用が求められる。こういった社会保険制度の移行についても、専門職員等の協力を得て患者や家族が必要な情報が得られるよう支援がする必要があります。

さらに移行期医療、とくに患者へのヘルスリテラシーは、成人期に達した患者の健康を守るために予防医学の観点からも非常に大切です。自分自身による健康管理に取り組んだほうが良いのは自明です。しかしながら、多忙な実臨床の中で患者教育を行うのは、時間もマンパワーも十分ではないと感じる現場の医療従事者も多いのではないでしょうか。必要なマンパワーの確保につながる診療報酬などのインセンティブの確立が強く望まれます。また効率よく移行期医療を充実するには、医師、看護師、CLS(child life specialist)、保育士、栄養士、ケースワーカー、心理士、事務系などウイルソン病の患者を中心としてチームをつくること、各分野のガイドラインを知ること、研究会や家族の会などを通じて地域の適切なカウンターパートナーを見つけることが大切だと思います。「ウイルソン病患者会」や、Wilson病のこどもたちのグループ、Willdren(Wilson病の子ども会、Will=意志とChildrenを合わせた造語です)の会などはヘルスリテラシーを育てるには意義のある会です。来年こそは開催できるように、私たちができることはコロナ感染の標準的予防対策(マスク、手洗いなど)、コロナワクチン接種を啓発していきましょう。