NPO法人 日本小児肝臓研究所 理事 藤澤知雄

1997年に脳死移植を認める臓器移植法が施行されました。しかし、臓器の提供者(「ドナー」と呼ばれます)は一年に数人でした。日本では海外に比べドナー候補者数が極端に少ない主な理由は、ドナーになるためには厳しい条件を決めているからです。とくに15歳未満の子どもは自分の意思とは無関係に臓器移植が認められないため、臓器移植が必要な子どもに体の大きさに見合ったサイズの移植は困難でした。

そのために、時間的に猶予のない心臓病(心筋症など)の子どもたちは海外にわたり現地の医療機関で臓器移植を受けざるを得ませんでした。このような移植を渡航移植と呼びますが、国際移植学会でもたびたび議論され、自国(日本)での臓器移植を推進することを求めた宣言が採択されました(2009年イスタンブール宣言)。

このような経緯から、2010年には現在の改正臓器移植法が施行されました。今度は臓器提供を行う本人の意思がたとえ不明でも、家族が書面で承諾すれば移植は可能になったのです。したがって、15歳未満の子どもの脳死判定がされれば臓器提供ができるなど子どもがドナーとなり得ることになりました。

同法が改正される前の脳死ドナーは、全国でも100例に達しなかったのですが、改正後は毎年ドナー数が増加して週1名くらいのドナーが現れています。しかし子どもに限ると、ドナー提供はやはり著しく少なく、改正して5年たった現在でも15歳未満の子どもからの臓器提供はわずか十数例です。

このように子どもの脳死臓器移植に関しては難しいことが明らかになりました。ここでは主な問題点を整理してみます。

①小児の脳は成人と異なり回復力が強く脳死判定が難しく、2回義務づけられている脳死判定の間隔を24時間(成人では6時間)としているが、この点につては小児脳神経専門医の中でもコンセンサスは得られていないこと。

②現在、社会現象化した小児への虐待の結果としての脳死が含まれている可能性があること。

③子どもは両親を中心とする家族の結びつきが強く、子どもの脳死のみならず死亡を容認できないことが多いこと。

などが主な問題点であると思います。これらの問題点の解決法を考えてみたいと思います。

●日本臓器移植ネットワークを充実させる
現時点では、子どもの脳死状態は一般の大病院において、集中治療室で発生する頻度が高いと思います。その中で子どもの主治医が脳死判定やドナーとなる説明をすることはまず困難です。主治医と子どもの親と良好な関係を維持しており、なお且つ親は患児がドナーとなり、移植を必要としている他人の身体の中でも臓器が生きていて欲しいと判断した場合に限り、はじめて脳死臓器移植へ方向性が変わると思います。それまでは当然ですが、集中治療に全力を尽くすべきです。

いったん脳死判定が必要になれば、脳神経専門医に判定を委ねることになるわけです。しかし、正しく脳死判定をしても、万人が納得するとは限りません。このような心配や躊躇を主治医や施設内の脳死判定医は思い浮かべるでしょう。そうなると、ここで、厄介なドナーの手続きをせずに(つまり日本臓器移植ネットワークへ連絡せずに)、死亡診断書を書く方がリスクは少ないと考えるのは当然と思います。

脳死臓器移植に至らなかった潜在脳死ドナー候補者は少なくないと思います。この主治医と脳死判定医に責任を負わせるようなシステムは改善すべきであると思います。現実的な対応は救急医療現場(施設内適応委員会)、脳死判定可能な専門医、移植コーディネーターを充実させることです。とくに移植コーディネーターは家族と医師の間に良好な関係を保つためにきわめて大切です。

救急医療現場や家族の説明を行うコーディネーターのいろいろな負担は増えることは明らかですが、現在全国に移植コーディネーターは70人程度しかいなく、しかも首都圏に偏在しております。脳死者(ドナー候補者)は日本国中に現れるはずです。全国規模で住民数に比例した数をそろえる必要があると思います。また臓器移植を決断した家族に対して臓器を提供する前後で精神的なケアーをする体制も必須です。このようなシステムが改良されれば、子どもの脳死を疑う症例が出たら、まず日本臓器移植ネットワークのコーディネーターに連絡して脳死判定医とともに来院し、移植までの手続きをさらに簡素化すれば、確実に脳死臓器移植が増えると思います。

●脳死臓器移植が順調に行えている韓国の状況を調べる
先も述べたように、日本では年間10例にも満たない脳死肝移植が韓国では200例を超えています。この点に関しては神戸朝日病院の金守良(SR Kim)先生は韓国における肝移植の現状を国立臓器移植管理センター(Korean Network for organ Sharing: KONOS)の資料を詳細に検討しておられます。これによると、1990年代初頭に始まった韓国の肝移植は当初は脳死肝移植数が生体肝移植数を上回っており、2000年以降は生体肝移植が脳死肝移植を上回っております。韓国における肝移植の現状を金先生がまとめております。

①韓国では年間10例にも満たない脳死肝移植が200例を超えています。

②適応疾患は、第1位はB型肝硬変(約60%)、第2位はB型肝がん(約20%)とB型関連肝疾患が約80%を占めております。1992年からB型肝炎ワクチンの定期接種が始まり(日本ではやっと2016年10月から開始予定)、1980年代にはHBs抗原陽性率は6.6-8.6%と高かったのが1999年には2.6%まで上昇し、とくに10代のHBs抗原陽性率は1.3%に過ぎず、今後肝移植数は減少することが予測されます。

③韓国では親が生体肝移植の対象になった場合は、家族とくに子女に対して「ドナーになるべし」とする家族内や周囲からのプレッシャーが強いという民族的伝統が濃厚と記載されています。

そのほかの要因として、これが最もインパクトがありましたが、2009年に韓国では有名なプロボクサーが試合終了後、のちに脳死に陥った時に臓器提供をしたこと、また2009年には韓国人初のローマ教会枢機卿をつとめたキム・スファン氏が死亡にあたって臓器提供をして、脳死に際して臓器提供をしようとする社会的風潮が高まったようです。

●おわりに
以前にも理事コラムで書きましたが、ちょうど1年前、大阪において脳死判定され臓器を提供した6歳未満の女児のご両親が新聞社の取材に応じました。これによるとこの子は特発性拡張型心筋症を発症し、成人用(子ども用ではなかった)の補助心臓ポンプを装着して海外での心臓移植を目指していましたが、このポンプ内にできた大きな血栓が原因で脳梗塞を発症し脳死状態になったとされています。

ご両親は娘さんの臓器が移植を待ち望んでいる患児のためになることを希望されて娘さんがドナーになることを伝えたと報じています。ご両親の希望にそって女児の肝臓を含む臓器を複数の移植施設に運ばれ、10歳未満の小児を含む4名の患者に移植されました。日本は高齢化が進み子どもを大事にすることを忘れてしまったようです。子どもの臓器移植を含め社会が子どもを守るという常識的な世界共通の認識を考えていきましょう。