何だったのか原因不明の小児の急性肝炎?

日本小児肝臓研究所 理事長
藤澤 知雄

WHO(世界保健機構)は2022年4月になって、英国を中心に小児に重症の急性肝炎がアウトブレークしていると警告をしました。最初に症例を確認した英国の保健庁によると、2022年1月1日~4月12日に英国全体で74人の小児の急性肝炎の報告があり、多くの患児は黄疸、下痢、腹痛などの胃腸症状がみられ、6名が肝移植を受けており、死亡例は報告されていないということでした。同庁は胃腸炎やプール熱(咽頭結膜熱)などを惹起するアデノウイルスの関与や新型コロナウイルス感染、環境的な背景も含めて調査を進めました。

WHOによれば全世界では少なくとも33か国から920名が集積され全体の75%は5歳以下でした。45例(5%)の肝移植症例があり、18例(2%)の死亡例があったと報告しました。欧州からの報告ではアデノウイルス検査が実施され181例のうち60%が陽性であり、188例にSARS-CoV-2のPCR検査をして12%が陽性だったようです。なお84%はSARS-VoV-2ワクチン未接種でした。

わが国では、WHOの警告に反応して、厚労省は2021年10月以降に診断された原因不明の小児の肝炎として入院し、①、②、③のいずれかを満たすもの:①確定例 現時点ではなし。②ASTまたはALTが500U/Lを超える急性肝炎を呈した16歳以下の小児のうちA型~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている例。③疫学的関連例②の濃厚接触者である任意の年齢の急性肝炎を呈する例のうち、A型~E型肝炎ウイルスの関与が否定される例として、このような暫定な症例定義を満たす可能性例が62例あったと報告しまし、原因となる病原体、本症の流行時期については明らかな傾向ははなかったと発表しました。

この62例のうち男女差はなく、年齢中央値は5歳、基礎疾患を有する児は28%でした。また少なくとも1回以上の新型コロナワクチン接種歴がある児は22%で肝炎発症の前に新型コロナワクチン感染症の既往歴があった児は9%でした。症例は全国各地から報告されており、地域的な偏りありませんでした。

では、一時期世界的に問題となったこの肝炎とは何だったのでしょうか?その前に「肝炎」とは肝臓の組織で炎症所見が確認されることがゴールドスタンダードなのです。もちろん血液検査でA,B,C,E型肝炎感染が証明された場合は、肝組織所見なしに「肝炎」と診断することは可能ですが、それ以外の病態ではトランスアミナーゼ高値=肝炎と決めつけることはできません。

今回報告されている「原因不明の小児肝炎」で肝組織を検討した報告はきわめて少ないので、厳密には肝炎か否かは不明であり、診断名として急性肝炎でなく急性肝不全とすべきです。急性肝不全の診断基準は、「正常肝ないし肝予備能が正常と考えられる肝に肝障害が生じ初期症状出現から8週以内に、高度の肝機能障害に基づいてプロトロンビン時間(出血凝固時間)が40%以下ないし国際的判定( INR)値1.5以上を示すもの」とされております。この急性肝不全の診断基準を満たす例はPT-INRに関する情報の得られた32例のうちわずかに4例(13%)であり、そのうち2例に基礎疾患があり、いずれも地域的な偏りはありませんでした。

それではこの欧米で流行した小児の重症肝炎の顛末はどうなるでしょうか? アメリカ疾病対策局(CDC)は、いくつかの病因仮説を調査していますが、とくにアデノウイルス感染、特に41型感染との関連性を疑っています。アデノウイルスの臨床検査があらゆる検体(血液、呼吸器、便など)で完了した例のうち、45%がアデノウイルス陽性でした。しかし肝細胞から組織免疫学的あるいは電子顕微鏡的にアデノウイルス遺伝子や粒子が検出されたという報告はありません。本来、肝炎を惹起するウイルスは肝細胞との親和性(リセプター)があり、ウイルスは肝細胞内に侵入し、肝細胞内で増殖し、ウイルス由来のたんぱく質がHLAとともに肝細胞膜に表出し、これを抗原として宿主の免疫系が作動し、肝細胞を破壊されるとトランスアミナーゼが逸脱します。したがって現時点ではアデノウイルスは「肝炎ウイルス」とは認知されておりません。しかし新型コロナ感染対策として小児にも「手洗いやうがい」などの感染予防がなされ、通常は小児に通年的に流行するアデノウイルス感染の曝露を最小限に抑えた小児集団が形成され、規制の解除により多くの初感染が、この小児集団にみられた可能性はあると考えられます。

 また新型コロナウイルスとの関連はSARS-CoV-2(あるいは他のウイルス)とアデノウイルスの持続感染あるいは先行感染が組み合わさって、自己免疫現象あるいは超抗原反応を引き起こす可能性はある。この点に関しては今後の研究課題です。

さて、今回の欧米でみられた小児の急性肝炎のアウトブレークは終息傾向あります。幸い、わが国では2022年8月現在のところアウトブレークは確認されませんでした。しかし、今後新型コロナの規制緩和が進み、従来の国際交流が戻れば、アウトブレークする可能性はあると思います。小児期の急性肝不全の疫学調査は絶やすことなく進めることが大切だと思います。