済生会横浜市東部病院 小児肝臓消化器科 顧問
NPO法人 日本小児肝臓研究所 理事長
藤澤知雄

 

子宮頸がんの予防を巡って混乱が続いています。とくに子宮頸がんワクチンに対する誤解、偏見、無視などがみられます。医療従事者は子宮頸がんやその予防ワクチンについて科学的に正確な情報を提供すべきです。今日は子宮頸がんについて考えてみます。

先日、敬愛している医師でジャーナリストの村中璃子(むらなか・りこ)さんが、ジョン・マドックス賞を受賞したというお知らせが飛び込んできました。ジョンマドックス賞は公共の利益に関わる問題について健全な科学とエビデンスを広めるために、いろいろな障害や敵意にさらされながらも貢献した個人に与えられる国際的な賞です。ジョン・マドックスは長年にわたり科学雑誌ネイチャーの編集長を務め、同誌を一流専門誌に育てました。彼の熱意とたゆまぬ努力をもって科学を守り、困難な議論に関わり、他の人々もそこに加わるよう刺激を与えた人物です。日本人ではまだこの受賞者はおらず、村中さんが最初の受賞者とのことです。非常に光栄なことだと思います。村中璃子さんは医師兼ジャーナリストとして、ヒトパピローマウイルス(HPV)とそのワクチン、そして子宮頸がんに関するエビデンスを追求し、正しい情報を広める活動を行ってきた人であり、その功績が国際的にも認められての受賞となったわけです。この快挙は日本のメディアでももっと大々的に報ずるべきですが、いまのところなぜか沈黙しています。とても不思議なことです。おそらく日本のメディアは子宮頸がん定期接種化に関わった医師ら、行政(政治家ら)、反ワクチン運動家達などの思惑に配慮しているようです。まさに昨今の「忖度」(そんたく)をしていると思えます。とても日本的です。この点は関しては改めて考えてみたいと思います。

さて子宮頸がんですが、今から10年前に子宮頸がんの主な原因はHPVであることが判明し、発見者であるハラルド・ツア・ハウゼンさんにノーベル医学・生理学賞が贈られました。ハウゼンさんは1970年代から性感染症ウイルスであるHPVと発がんの関連性に関する研究に取り組み、1983年についに子宮頸がんの患者さんから採取したHPV16型と18型という2種類のウイルスを同定しました。現在、HPVは100種類以上あるといわれています。すべての種類のHPVが癌につながるわけではないですが、ある種のHPV(ハイリスクHPVと呼ばれます)が子宮頸がんの発症に関連があることは確実です。つまり子宮頸がんの多くはウイルス感染症だったのです。HPVは性交渉で感染することが知られています。子宮頸がんの患者さんの90%以上からHPVが検出されます。感染者の多く症状のないうちにHPVが自然に排除されますが、一部には子宮頸がんの前がん病変や子宮頸がんが発生します。日本では子宮頸がんで亡くなる女性は年間2,000人以上と推定されます。検診で早期に発見されれば、ほぼ100%治療できるのですが、残念ななら、検診の受診率は欧米に比べると低いのが現状です。

子宮頸がんの対策の切り札として期待されているのが予防用のワクチンです。国を挙げてHPVワクチンの集団接種を開始したオーストラリア、スコットランド、デンマークなどではHPVワクチン接種開始後3~4年の時点で子宮頸がんの前がん病変が約半数に減少したとされています。海外ではすでに9種類の遺伝子型を含むHPVワクチンが承認、販売され、米国などでは定期接種のワクチンプログラムにHPVワクチンが入っております。日本では医師、ワクチンメーカー、政治家、メディアが一体となり、2013年4月からHPVワクチンが定期接種化されました。HPVワクチンの定期接種の対象者は、中学1年生~高校1年の女子です。しかし、HPVワクチンの副反応に関するメディアの報道以降、HPVワクチンの安全性・安心性について見直す動きとともに、同年6月以降は定期接種でありながら接種の積極的勧奨を中止するという異常事態となり、4年が経過した現在も再開されていません。この点は国際的にも非難されております。たとえばWHOは2015年12月に「日本の若い女性たちはワクチン接種によって予防しうるHPV関連のがんに対して無防備になっている。弱い科学的根拠に基づく政策決定は、安全かつ有効なワクチンを使用しないことにつながり、実害をもたらしうる」と日本を名指しで批判しています。また諸外国や日本小児科学会などでは「HPVワクチンと様々な症状との因果関係を示す根拠は今のところない」「HPVワクチンは極めて安全」という見解を公表しています。

日本においては約890万接種のうち副反応疑いの報告が2,584人(のべ接種回数の0.03%)であり、そのうち約90%が回復または軽快し通院不要となっております。未回復の患者は186人で、のべ接種回数の約0.002%です。これは第15回の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会で報告されています。つまり10万接種当たり2人だけが未回復の症状を呈しています。一方、海外でも副反応の検討はされており、報道なので問題になった多様な症状はHPV接種後に発生する特殊な症状でないと結論されております。

日本では名古屋市は市内に住む若い女性約7万人を対象に子宮頸がんワクチン接種後症状に関する大規模調査を行いました。回答率は4割超であり、統計処理方法も専門家は信頼できるとしています。調査結果で示された結果は月経不順、関節や体の痛み、光過敏、簡単な計算ができない、身体が自分の意志に反して動くなど、子宮頸がんワクチンとの因果関係が疑われている24の症状について、年齢で補正すると、むしろ15症状でワクチン接種群に少ないという衝撃的な結果でした。つまり子宮頸がんの副反応とされるものは、接種対象年齢層の女性では子宮頸がんワクチンを接種していない女性でもみられるわけです。名古屋市は2015年12月14日に調査結果を発表していますが、ちゃんとした学術論文はまだ発表されていません。その理由もまた次の機会に述べたいと思いますがやはり、外圧に対して「忖度」があったと思います。

HPVは性交渉で感染するため、欧米では保守系カトリックや福音系キリスト教など、宗教色が濃いのが特徴とされています。しかし、生涯のパートナーが一人であっても感染のリスクはあります。村中さんが言うようにHPVワクチン問題は「道徳の問題」ではなく「性と生殖に関する健康の問題」です。日本と海外で共通しているのは反対運動の中心が子どもたちでなく母親であることが共通していると言われます。根拠なき批判や中傷に臆することなく、医学とジャーナリズムの架け橋を担っている村中さんに敬意を表したいと思います。